出会いに懸ける
②著しい経済情勢の変動等で代金が増額された時
③天災地変、戦乱、暴動、官公署の命令、運送・宿泊機関等のサービス中止などにより、
旅行の安全な実施が不可能となるおそれが極めて大きい時
④旅行業者が旅行者に期日までに確定書面を交付しなかった時
⑤業者の責任で契約書面に記載した旅行が不可能になった時
というケースだが、知っておいて損は無いかと思う。
このような事態に立ち至った時には、ぜひ、思い出してほしい。
旅行業者にしてもらえる保証と補償一九九八年、ハワイ三島を巡った時のこと。
添乗員から三〇〇〇円戻ってきた。
当初発表されていたホテルが変更になりランクダウンのホテルになったためだ。
これを変更補償金といい、旅行開始前だと旅行代金の一%、開始後だと倍の二%になる。
この時のツアー料金は一七万七〇〇〇円だったから三〇〇〇円は妥当な金額だろう。
こうした変更補償で最も高率なのが、そのツアーのタイトルに明記されていた事項が変更になった場合で、旅行開始後だと旅行代金の五%になる。
例えばスイス・フランス三大アルプス登山観光と氷河特急の旅とうたっておきながら氷河特急に乗れなかったような場合だ。
私はまた、こんな体験もした。
船の旅1100日間地球ひと巡りという拙著の中から引用してみよう。
いよいよアデン湾から紅海に入った。
それにしても暑い。
九月二三日月曜日。
アフリカ五三番目の最も新しい独立国エリトリアに入国。
エチオピアから一九九三年に独立、その戦禍も残る街マッサワだが、聞きしに勝る暑いところだ。
さすがに五〇度には達しなかったようだが、サングラスを着け帽子をかぶってじっとしていても、目の下を汗が流れ落ち、というより勝手にしたたっていく。
独立戦争後の再建・国造りのシンボルとして市民たちの手で復旧が進められているのが、首都アスマラとこの港町マッサワを結ぶ路線で、不定期ながら走り出している。
乗れるとあって、暑い中を待つ。
客車が一両故障して全員乗せられないので調整中とか、機関車が水を入れに行ったとか、噂やデマが飛び交う中、五〇分はども経ったろうか、やっと走り始める。
ところがディーゼル機関車が牽いている。
不調だったようだが、説明がないのでわからない。
復旧して生き返った機関車はしかないのかと思っていたら、別の機関車もあるのがわかって一安心ではあった。
この話には後日談がある。
船室のドアの下から時々いろいろなものが差し込まれてくるのだが、マッサワ出港翌日には、東京からのFAX入りの封筒に続いて、ジャパングレイス(船の旅行代理店)からの挨拶状だ。
エリトリアのオプショナル・ツアー港町マッサワめぐりについてのお詫びが述べられている。
ご期待いただいておりましたが別ディーゼル機関車での牽引となりましたことを深くお詫び致します。
現地事情によるやむなき変更とはいえ、切手付きポストカードをご笑納くださいという内容だった。
金額にして二二〇円ほどのバックだが、このツアーの代金は六〇〇〇円だから、まあまあの線か。
このように、旅行業者は旅程保証をする責任を負っている。
つまり保証できない時は補償金を支払わなければならない。
それは、旅行の開始日・終了日、旅行目的地、運送機関の等級、宿泊機関の客室の景観までも含まれている。
次に特別補償だが、事故による生命・身体の損害の補償で、急激・偶然・外来の事故に対してのみ支払われる。
海外旅行で死亡の場合二〇〇〇万円。
後遺障害についての補償もある。
この補償に関しては、自分の注文で旅を組み立ててもらう企画手配旅行にも適用される。
もう一つの特別補償は、携帯品の損害に対してだが、こちらの方は企画手配旅行は含まれない。
置き忘れや借りたものなども対象外で、一名一旅行一五万円が限度となる。
ところで、この「旅行参加中の事故」とは、どこから始まり、どこを終わりとするのだろうか。
意外に見過ごされているポイントがここ。
後になって旅行業者からそれは解散後のことですからと言われても後の祭りだ。
ツアーの場合、旅行業者が受付を完了した時。
つまり空港で添乗員がカウンターで受け付けを完了した時に、その旅は始まり、添乗員が解散を告げた時で終わる。
別におかしいことはないのだが、実は成田の前の空港で流れ解散を言い渡すケースがあるのだ。
例えば、南回り便でバンコクの空港に着きトランジットという時、こんなケースに出会うかもしれない。
参加者を集めてツアコンが、成田ではせわしないので、ここで解散のご挨拶をしておきたいと言う。
私も二度、経験した。
その時は解散の宣告がなければどこまで補償が有効かというと、通関チェックを済ませ出迎えの人が待つドアを出るまでとなる。
せめて、成田に着いて解散の声を聞くまで、あなたの権利を残しておこう。
ツアーはそれぞれ最少催行人員によるのだ。
添乗員にかかる経費との関係によるものだろう。
航空機などでも十数人以上の団体で一人無料になる特典が生きてくる。
私が参加したツアーの中で最も人数が多かったのが三七名。
一九九四年のスペイン・ポルトガル周遊だった。
この人数になると添乗員も大変。
街歩きでの人数確認も並大抵ではない。
とうとう、スペインの広場で一組のご夫妻を置き去りにしてバスが発車してしまった。
コース上ではぐれたら、動かずに待てといわれているが、この場合は自由散歩の後だから探しようがない。
このご夫婦の感心なところはホテルの住所メモカードを持っていたことで、タクシーでホテルに戻り合流できた。
ツアーに参加すると安心感が生まれるのか、意外とその日のホテルの名前を覚えていなかったりするもので、まさに路頭に迷うことになる○私はそれ以来、どの旅でも日程表を肌身離さず持ち歩くことにしている。
そして私が経験した最少人数のツアーは一名だった。
一九九一年、シンガポールを二三年ぶりに再訪した時。
成田のカウンターで今日は何人ですかと尋ねるとお客様お一人ですとの答えにびっくりしたことがある。
さすがにシンガポールに着いてからは他のグループに組み入れられはしたが。
ツアーはやはり、三〇人までがグループとしての限度かもしれない。
一九九一年、まだ結婚前の娘とワイフと三人で、アメリカ西海岸とハワイを巡るツアーに参加したことがある。
こうした場合はエキストラベッドを入れてもらって、一部屋に三人で暮らす。
洗面・風呂・トイレに時間待ちはあるが、これはこれでまた楽しい旅になる。
さらに面白いことに遭遇できるのが、二人催行のツアーだ。
もちろん添乗員は付かない。
はじめはワイフと二人でカナディアン・ロッキーとハワイという妙な組み合わせのパックだった。
今では実施されていないようだ。
たまたま娘がハワイで結婚式を挙げることになり、そのハワイ行きの前にどこかを回るツアーを探してみると、これが見つかった。
二人催行だから申し込んだ日取りで確実に催行されるのもうれしい。
さらにチケットのオーバーブッキングがあったらしく、サンフランシスコ経由からロサンゼルス経由に変更はあったが、その代わりにビジネスクラスにコンバートするという。
その旅はなんとウエルカム・シャンパンで始まったのだ。
ビジネスクラスは良いもんだと空の旅を楽しみ、ワイフなどはやっぱりビジネスクラスじゃないとねと恐しいことをおっしゃる。
ところが楽あれば苦ありのことわざ通り、ロスの空港で苦を味わうはめに。
ここは大空港。
次の経由地がシアトルなのでアメリカの国内線に乗り換えることになる。
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